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神戸地方裁判所 昭和43年(行ウ)5号 判決

原告 加納千佐子

被告 兵庫県公安委員会

訴訟代理人 小沢義彦 外四名

主文

一、被告が昭和四二年八月二九日原告に対してなしたとする軽自動車運転免許保留処分の取消しを求める原告の訴、および被告が原告の運転免許証になした昭和四二年九月二五日付三〇日間の免許保留処分の記載の抹消を求める原告の訴をいずれも却下する。

二、被告が昭和四二年九月二五日原告に対してなした軽自動車運転免許保留処分の取消しを求める原告の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

(原告)

一、被告が昭和四二年八月二九日及び同年九月二五日原告に対してした軽自動車運転免許保留処分を取消す。

二、被告が原告の運転免許証(第六三六七二〇七八八九〇―〇〇四五号)になした昭和四二年九月二五日付三〇日間の免許保留処分の記載を抹消せよ。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

本案前の申立

一、原告の訴をいずれも却下する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

本案の申立

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(原告の請求原因)

一、1、原告は昭和四二年八月一五日、軽自動車運転免許試験に合格したものであるが、被告は同月二九日運転免許証の交付を受けるため兵庫警察署に出頭した原告に対し道路交通法(以下、法と略称する。)第九〇条第一項但書の規定に基づき、右運転免許を保留する旨口頭で通知し(第一回目の処分)、免許証の交付をなさず、さらに同年九月二五日右同日から同年一〇月二四日までの三〇日間右運転免許を保留する旨原告に対し文書で通知した(第二回目の処分)。右各保留処分の理由は、同年六月四日神戸市内において原告は無免許運転をしたので法第九〇条第一項但書に該当するというのである。

2、被告は法第九三条に基づき昭和四二年一〇月二五日原告に交付した軽自動車運転免許証(第六三六七二〇七八八九〇―〇〇四五号)に右昭和四二年九月二五日付の保留処分を記載した。

二、本件各保留処分は次の理由により違法である。

1、原告は、昭和四二年六月四日午前五時三〇分頃、神戸市兵庫区大開通七丁目三番地先路上において普通乗用自動車の運転を練習したが、右運転は、原告の父訴外加納照雄が助手席に同乗し、同人がハンドルとブレーキを操作して原告には運転席で足の使い方の練習をさせていたものであつて、原告が単独で運転していたのではないから原告の無免許運転ではなく、更に原告は社会経験の十分でないいまだ一六才の高等学校生徒であり、無免許運転にならないと信ずる原告の父訴外加納照雄に命ぜられるままに足の使い方の練習をしていたにすぎないのであるから、原告には無免許運転の故意はない。

2、法第九〇条第一項但書によれば、同項但書掲記の法令に違反したものはすべて保留処分にせよというものではなく、情状によつては保留処分にしなくてもよいと明記されているところ、前述のとおり原告が自動車の運転をしたのは人車の通行の少ない早朝であり、指導者つきであつたから仮に原告の右自動車の運転が無免許運転にあたるとしても、交通に危険を及ぼすおそれはなかつたし、また原告には何ら遵法精神に欠けるところがなかつた。従つて、法施行令(昭和四二年九月五日政令第二八〇号による改正前の施行令、以下同じ。)第三三条の二第三号かつこ書の場合に該当するから保留処分は違法である。

3、原告が、被告より免許証交付の日と指定された同年八月二九日兵庫警察署へ出頭したところ、係官より口頭で運転免許は保留する旨の処分通告をうけたが、右通告以前においては何等弁明及び有利な証拠の提出の機会が与えられておらず、右通告後においてその機会が与えられたとしても同年九月二五日付の文書による保留処分の通知は二回目の保留処分であるから少くとも右八月二九日付の保留処分は、免許を保留するにはあらかじめ弁明等の機会を与えなければならない旨規定した法第九〇条第二項の手続を怠つた違法なものである。

4、右九月二五日付をもつてなされた三〇日間の保留処分の期間の起算日は、保留処分がなければ間違いなく原告に免許証の交付されたであろう日即ち同年八月二九日であつて、保留処分の決定のなされた同年九月二五日を保留期間の起算日とすべきではない。従つて、同年九月二五日をもつて保留期間の起算日とした右保留処分は、三〇日間の保留処分であるにも拘らず実質的には同年八月二九日から同年一〇月二四日までの五七日間の保留となるから違法である。

三、被告が本件保留処分を一の2記載の原告の免許証に記載したことは次の理由により違法である。

免許証の記載事項について規定した法第九三条には免許保留処分は包含されていないから、原告が本件保留処分につき、これを原告の右免許証に記載したことは、その記載の根拠規定を欠き違法である。また免許保留処分はその実質において行政罰と異るところがないから、これを免許証に記載することは人権侵害とも目すべきものであり、ことに少年が刑の言渡を受けた場合について、人の資格に関する法律の適用については将来に向かつてその刑の言渡を受けなかつたものとみなすとして、少年の将来のため有利な規定をもうけた少年法第六〇条の精神に反するものであつて、この点からみても免許保留処分を免許証に記載することは許されない。

(被告の本案前の主張)

一、原告は、被告が昭和四二年八月二九日付で軽自動車運転免許の保留処分をしたとしてその取消を求めるが、右時日には被告はいまだ免許保留の決定をしておらず、その前提として原告に対し弁明の機会を与えたに止まり、免許を保留しようとする理由を通知したにすぎないのであつて保留処分は存在しない。従つて、存在しない保留処分の取消を求めるものとして右訴は不適法である。

二、被告が原告に対し昭和四二年九月二五日付で通知した軽自動車運転免許保留処分の保留期間は、同日から同年一〇月二四日までの三〇日間であり、右期間の経過に伴い同月二五日被告は原告に対して本件軽自動車運転免許を与えるとともに免許証を交付したから本件保留処分の取消を求める必要はなくなつたし、更に原告は、被告から本件保留処分の通知を受けた同年九月二五日以降道路交通法違反事件および交通事故を起すことなく一年間を経過したから、法施行令第三八条に基づき原告が本件保留処分を理由に不利益を受けるおそれは全く無くなつた。原告は、違法な行政処分に基づく損害賠償請求訴訟を提起する場合、その前提として当該行政処分の取消が必要であるから本訴は訴の利益があると主張するが、違法な行政処分に基づく損害賠償請求は、行政処分の取消を待たずとも直接訴求できるから原告が被告に対して損害賠償請求をなす前提としてあらかじめ本件取消訴訟を提起する必要はない。従つて、いずれの理由によつても免許保留処分の取消を求める訴の利益はない。

三、被告が原告に対してなした保留処分の免許証への記載は、行政訴訟の対象となる行政処分にはあたらないうえ、行政庁に対し右記載の抹消という作為を求めており、かかる請求はいわゆる給付的行政訴訟として許されない。

また保留処分そのものが取消されれば、その記載は当然に抹消されることとなるから、保留処分の取消とは別個独立に記載の抹消を求める必要は存しない。

従つて、保留処分の記載の抹消を求める訴の利益はない。

(被告の本案に対する答弁および主張)

一、請求原因第一項の事実のうち被告が昭和四二年八月二九日運転免許の保留処分をしたとの事実を否認し、その余の事実は認める。請求原因第二項の事実のうち原告主張の日時、場所において原告が普通乗用自動車を運転したことは認めるが、その余の事実は否認する。請求原因第三項の事実は否認する。

二、被告のなした本件保留処分は次の理由により適法である。

1、原告は、請求原因第二項の1で主張するその普通乗用自動車の運転は無免許運転ではなくまた無免許運転の故意がなかつた旨主張するが、当時原告は運転席に座つて自らハンドルをにぎり、クラツチ、アクセル等を操作するとともにチエンジレバーをも操作し、少くとも数百メートル自動車を走行させたのであるから、助手席にいた原告の父訴外加納照雄の指導をうけていたとしても原告が自動車を運転していたことに変りはなく、しかして、原告は既に高校二年生であつて軽免許の試験を受けるべく準備中であつたから、無免許運転が禁止されていることは知悉していたものと認められ、故意がないとはいえない。右無免許運転は、道路交通法違反事件として所定の手続を経て神戸簡易裁判所に起訴され、昭和四二年九月一日原告に対し罰金八〇〇〇円・執行猶予一年の判決がなされ右判決は確定したものである。

2、原告は、原告が自動車を運転したのは早期であつて人車も少なく且つ指導者つきであつたから危険はなく、遵法精神に欠けるところもないから法施行令第三三条の二第三号かつこ書の場合に該当する旨主張するが、一般に、無免許運転が極めて危険な行為であることは多言を要しないし、違反の場所も昼夜の交通はすこぶる頻繁で道路の両側には駐車車輛が多く歩道の通行人の動静を確認することは極めて困難である。従つて、早朝であつたとはいえ運転技術の未熟な原告が普通乗用自動車(原告の年令では普通免許を受ける資格がない)を運転することは著しく危険な行為であるといわざるを得ないし、指導者つきであつても、指導者は運転技術を教えるのに気を奪われ交通の安全に対する注意を怠り勝ちになるのが通常であるから、その危険性において変るところはない。しかして原告は、無免許運転が禁止されていることは知悉していたのに敢えて違反行為に及んだものであるから遵法精神に欠けるところがあると認めざるを得ない。以上の見地から、原告は法施行令第三三条の二第三号かつこ書の場合に該当しないと考え三〇日間の保留処分としたものであつてその処分は正当である。

3、原告は、本件保留処分はあらかじめ弁明の機会を与えられておらないから法第九〇条第二項に違反すると主張するが、原告は同年八月一五日軽自動車運転免許試験に合格し、同月二九日に右免許が与えられる予定であつたが、前記無免許運転の事実が判明したので、右同日兵庫警察署に出頭した原告に対し、同署係官から前記無免許運転により免許保留処分となることが予想される旨を口頭で通知すると共に弁明の機会を与えたところ、原告はこれに応じ、父に運転を教えてもらつていたのであるから無免許運転にならないと思う、現在正式裁判申立中である旨弁明したので同署係官が右弁明を録取した。原告は、同月二九日に口頭で保留処分がなされたもので同年九月二五日付の文書による通知は二回目のものであるからあらかじめ弁明の機会が与えられたことにはならない旨主張するが、上述した如く、同年八月二九日には被告は原告に対し免許を保留しようとする理由を通知して弁明の機会を与えたにとどまり、右弁明をも考慮したうえ被告は同年九月一六日原告の免許を同月二五日から同年一〇月二四日まで保留することを決定し、同年九月二五日兵庫警察署において原告に対し運転免許保留通知書を交付したものであるから、弁明の機会はあらかじめ与えられており、何等法第九〇条第二項の手続違反は存しない。

三、本件保留処分を免許証に記載したことは次の理由により適法である。

1、免許証の記載事項については法第九三条に規定されているが、同条三項は「前二項に規定するもののほか、免許証の様式その他免許証について必要な事項は総理府令で定める」ものと規定している。しかして法施行規則第一九条第一項の別記様式一四号の備考において「備考欄には法第九三条第二項に規定する事項、法第九四条第一項の規定による免許証の記載事項の変更にかかる事項その他必要な事項を記載する」ものとされている。保留処分は右の「その他必要な事項」に該当するので、被告は原告の免許証にその旨記載したものである。なるほど保留処分を免許証に記載すべきことは免許の効力の停止の場合のように法が直接規定するところではないが、実質的に考えても法施行令第三八条によれば、保留処分を受けたものは免許の効力の停止を受けた者と同様将来一定の場合に不利益な取扱いをうけることがあるとされているので、その処分を記載しておく必要があり、被告のなした右記載は違法ではない。なお、保留処分を免許証に記載することはひとり被告のみならず全国的に統一した取り扱いがなされているものである。

2、原告は、保留処分を免許証に記載したことをもつて少年法第六〇条に違反すると主張するが、保留処分は刑罰でないから原告の主張自体失当である。

(被告の本案前の主張に対する原告の反論)

一、行政事件訴訟法第九条にいう「法律上の利益」の有無の判断は、訴状提出の時点を基準としてなすべきであつて裁判中の時日の経過によつて不利益な取扱をうけることがなくなつた故をもつて裁判を拒むことは許されないものというべきところ、原告は保留処分後一年以内に本件の訴を提起した。

二、原告は、違法な行政処分によつて精神的物質的損害を蒙つた場合その損害の賠償請求ができるが、その前提として当該行政処分を取消す必要があるから違法な本件免許保留処分の取消しを求める訴の利益がある。

三、本件保留処分の免許証への記載は法第九三条に違反した行政庁の処置である。行政庁の処置は行政処分に準ずるものとして取消訴訟の対象となりうるし、免許証の有効期間は三ケ年であるから保留処分事項はその期間中免許証に記載されているのであり、右の記載があることにより原告が万一道路交通法違反事件や交通事故をおこした場合に原告に不利にはたらくから抹消を求める法律上の利益はある。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、本案前の判断

1、昭和四二年八月二九日付保留処分について

原告が昭和四二年八月一五日軽自動車運転免許試験に合格し、免許証交付の日として指定された同月二九日原告が兵庫警察署へ出頭したところ、右免許証が交付されなかつたことについては当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第一号証の一、証人土生田直弘、同勝田公利の各証言を総合すると、右免許証の交付の予定されていた右同日の数日前になつて原告が同年六月四日神戸市内において無免許運転をして検挙された事実が判明したので、右八月二九日父親にともなわれて兵庫警察署に出頭した原告に対し、同署免許係の土生田直弘巡査から右無免許運転を理由に免許保留処分となることが予想される旨告げられ、その場で原告らの弁明に基き、同署松本勇巡査部長によつて弁明録取書の作成されたことが認められる。

そうすると、右同日においては免許保留処分の前提手続として原告に対し弁明等の機会が供与されたにとゞまるものといわなければならず、その他本件全証拠によつても右同日付をもつて免許保留処分がなされたとの原告主張の事実を認めることはできないから、昭和四二年八月二九日附の免許保留処分の取消しを求める原告の訴はその対象を欠き不適法である。

2、昭和四二年九月二五日附で通知された保留処分について

右保留処分が右同日より同年一〇月二四日までの三〇日間原告の軽自動車運転免許を保留する処分であること、および、その理由は、原告が同年六月四日神戸市内において無免許運転の禁止に違反して普通乗用自動車を運転したものであること、右保留期間の経過した同年一〇月二五日右運転免許が原告に与えられるとともに免許証が交付されたことについては当事者間に争いがない。

ところで、取消訴訟における原告適格につき規定している行政事件訴訟法第九条によれば、取消訴訟は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限つて、これを提起することができるものとし、右の「法律上の利益を有する者」には「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者」をも含む旨規定しているので、原告が本件免許保留処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者に該当するか否かにつき検討してみるに、法第一〇三条第二項、法施行令第三八条によれば、免許を受けた者が過去一年以前に免許保留処分を受けた者である場合において、一定の場合に免許の取消し、免許の効力の停止等不利益な処分のなされることがある旨規定されているところ、弁論の全趣旨によれば、原告は本件の免許保留処分以後法施行令第三八条各号に規定する道路交通法違反事件および交通事故を起こすことなく一年以上を経過したことが認められ、右事実によれば、原告が本件の免許保留処分を受けたことを理由として右の道交法上の不利益な処分を受けるおそれはなくなつたものといわなければならない、一見原告は右免許保留処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有しないというべきかのようである。

しかしながら、成立に争いのない甲第六号証、乙第四号証によれば、兵庫県運転免許関係事務取扱規定に基き、免許保留処分のなされたときは被処分者の免許証に、免許保留通知書の交付年月日、処分理由を表わす略語、保留日数を朱書し、取扱警察署印を押印するとともに、台帳に右と同一事項を朱書するものとされており、昭和四二年一〇月二五日附で原告に交付された軽自動車運転免許証の備考欄には、「昭42.9.25.〈ム〉30日保留」と朱書された記載のあることが認められるところ、免許保留処分時から一年を経過し、もはや右処分を理由として、前記のような不利益な処分を受けるおそれの解消した後において、免許証の右のような記載を抹消すべきものとする規定は存しないから、右記載は免許証の交付された日から有効期間の更新によつて新免許証の交付されるまでの三年間、抹消されることなく存続するものと考えられる。

そうすると、なるほど本件免許保留処分のときから一年を経過したことによつて、原告が前記不利益な処分を受けるおそれは解消したとはいえ、免許保留処分が運転者が常時携帯すべき運転免許証に記載されている以上、右処分が違法である場合においては、違法な処分によつて原告の名誉、感情、信用等をそこなう可能性があるものというを妨げず、原告にとつて黙過することのできない違法状態が存するものというべきであるから、右違法な処分を取消し、もつて違法状態を排除することは、法の保護に値する原告の利益と解すべきである。

従つて、原告は本件免許保留処分の取消し(その結果なさるべき免許証に対する処分記載の抹消)によつて回復すべき法律上の利益を有する者ということができるから、右訴の却下を求める被告の本案前の申立は理由がない。

3、免許保留処分の記載の抹消について

被告が、昭和四二年一〇月二五日原告に交付した軽自動車運転免許証に本件免許保留処分を記載したことについては当事者間に争いがなく、その記載の詳細は前項認定のとおりである。原告は、右記載はその記載の根拠規定を欠くから違法であるとしてその記載の抹消を求める。しかし、保留処分の運転免許証への記載は、保留処分という一個の行政処分の付随的効果としてなされるものであり、それ自体取消訴訟の対象となる独立の行政処分ないし事実行為にあたるということはできないから、運転免許証の保留処分の記載の抹消(記載行為の取消)を求める原告の訴は不適法として却下を免れない。

(ちなみに、免許証は免証をなしたことを公証する文書と解すべきところ、法第九三条第一項は免許に直接関係ある事項につき規定し、同条第二項は同項掲記の条件、処分を確保する趣旨で右処分等を必要的記載事項としたものであつて、右両項において規定する事項以外の事項につき、これを免許証に記載することが禁じられているものでないことは、同条第三項において、前二項に規定するもののほか、免許証の様式「その他免許証について必要な事項」は、総理府令で定める、と規定していることからも明らかである。そして、法施行規則(総理府令)はこれを受けて、同規則第一九条第一項の別記様式一四号の備考において、備考欄には法第九三条第二項に規定する事項、法第九四条第一項の規定による免許証の記載事項の変更にかゝる事項「その他必要な事項」を記載するとしており、兵庫県運転免許関係事務取扱規定はこれに基き、免許保留処分のなされた場合について前項認定のとおりその具体的内容を免許証に記載することとしている次第であつて、運転免許の保留処分を受けた者につき法施行令第三八条の不利益処分が定められているため、保留処分の有無を一見明瞭ならしめる必要もあり、右処分を免許証に記載することは違法とはいえず、これを違法視する原告の非難は当たらない。)

二、本案に関する判断

昭和四二年八月一五日軽自動車運転免許試験に合格した原告に対し、被告において、同年九月二五日付で原告の免許を三〇日間保留する処分をなしたことは当事者間に争いがなく、右免許保留処分の前提手続として、同年八月二九日兵庫警察署に出頭した原告に対し処分をしようとする理由を告げ、これに対する弁明の機会が供与され、その弁明に基き弁明録取書(乙第一号証の一)の作成されたことは前記(一の1)認定のとおりであるから処分の取消事由となるような法第九〇条第二項の手続違背はないものというべきである。さらに原告は、右八月二九日付をもつて保留期間の起算日と解すべきであるから、実質的には右処分は五七日間の保留となる旨主張するが、右同日から保留処分のなされた同年九日二五日までの間は、右原告の弁明をも参照して、被告が保留処分をするか否か、その内容をどの程度とするか等につき判断し、その具体的事務を遂行するに必要な期間として不相当に長いものとはいえないから、原告の主張は理由がなく、本件免許保留処分の手続面について処分を取消すべき違法は存しないというべきである。

そこで、進んで右処分の実体面につき判断することとする。本件免許保留処分は原告の無免許運転を理由とするものであつて、原告が昭和四二年六月四日神戸市内において普通乗用自動車を運転したことについては当事者間に争いがないところ、原告は、右運転は無免許運転にあたらないし、仮に無免許運転にあたるとしても法施行令第三三条第一項第三号かつこ書の場合に該当し、原告が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがないと認められる場合にあたるから、本件免許保留処分は違法であると主張するので、検討する。

ところで、法第九〇条第一項本文は、公安委員会は免許試験に合格した者に対し免許を与えなければならないと規定し、免許の法律上の性質が講学上いわゆる覊束裁量処分にあたることを明らかにしたうえ、同項但書において、交通の危険防止の見地から例外的に免許の拒否、保留等の処分をなしうる場合について規定し、法もしくはこれに基く命令等に違反した者で「その者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあり、これに免許を与えることが適当でないと認めるもの」に限つて、政令で定める基準に従い、免許の拒否、保留等の処分をなしうるものとし(一方法第一〇三条第八項、第九〇条第六項は講習による処分期間の短縮を規定して運転者の教育を企図している。)、そして法施行令第三三条の二第一項第三号によれば、試験合格者が過去一年以内に一回無免許運転をしたものであるときは、免許を保留するものとし、ただその者が「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがないと認める場合」を除外しているので、免許の拒否、保留等の処分の判断については公安委員会の個々の具体的情況に適応した合理的な裁量にゆだねられているものと考えられる。

しかしながら、このことはもとより公安委員会の恣意的判断を許す趣旨ではなく、右の処分が合理的な裁量の範囲を逸脱した結果に基くものであつて、著しく不当である場合においては違法であることを免れないと解すべきところ、いずれも成立に争いのない甲第三、四号証、乙第七号証の一、二、第八号証の一、二、第九ないし一二号証によると、原告は、昭和四二年六月四日午前五時三〇分ごろ、神戸市兵庫区大開通七丁目三番地付近路上において、軽四輪自動車の運転免許(原告は当時普通免許をうる資格はない)を取るための運転練習の目的で、その父加納照雄所有の普通乗用自動車(神戸五ゆ三八九五、フオルタスワーゲン)の運転席に乗りこみ、ハンドルを握り、助手席に同乗した右加納照雄の指示に従つてチエンジレバーを操作しながら、時速二、三〇キロメートルの速度で右自動車を四〇〇ないし六〇〇メートル走行させたこと、右運転の現場で兵庫県警警ら課所属の警察官に違反行為を現認され、同年九月一日神戸簡易裁判所において右無免許運転の罪により罰金八、〇〇〇円、執行猶予一年とする判決の言渡をうけ、右判決は控訴期間の経過により確定したこと、本件免許保留処分を不服として加納照雄から申立てた異議申立てに基き、被告において同年一一月一六日申立人立会のもとに運転免許試験場員をして前記運転現場の実況を見分させたところ、前記道路は神戸市内の主要幹線道路の一つであつて道路の両側には民家、商店等の密集していることが認められたこと(甲第四号証)、以上の事実が認められ、右認定事実によれば、原告の前記自動車の運転は練習目的であつたとはいえ無免許運転であることは否定できず、また早朝で、かつ指導者つきであつたとはいえ前記道路の状況、原告の当時における運転技術の程度、前記練習目的による無免許運転のときからわずか二月余の後に免許試験に合格したものであること等を考慮すると、原告が本件免許保留処分時において、自動者を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれが存しなかつたとはいえないから、被告において、原告の本件免許を保留することとし、保留日数を三〇日とした処分は、結局、著しく不当なものと断ずることはできない。

従つて、原告の本訴請求は理由がない。

三、結語

よつて、原告の、被告が昭和四二年八月二九日原告に対してなしたとする(第一回目の)軽自動車運転免許保留処分の取消しを求める訴および被告が原告の軽自動車運転免許証になした同年九月二五日付三〇日間の免許保留処分の記載の抹消を求める訴はいずれも不適法としてこれを却下することとし、昭和四二年九月二五日付の軽自動車運転免許保留処分の取消を求める請求は理由がなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 竹田国雄 岡本多市)

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